2007年 08月 25日 ( 1 )

アウグスト寺院の柱


バルセロナのカテドラルの真後ろにある細いParadisという通りがあります。
この細い道は、普段あまり人通りがないのでちょっと不気味ですが、その道が直角に折れ曲がる左手に、アーチの入り口があります。
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パティオがあり、上に続く階段が見えますが、興味のあるのはその左手。

4段の階段を下りると
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4本の美しい柱があります。
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紀元一世紀、古代ローマ時代、バルセロナはバルキーノと呼ばれた、城壁に囲まれた人口2000人のローマのコロニーでした。
その真ん中に、時の皇帝アウグストを祭った神殿がありました。
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この4本の柱は、その神殿の後ろ側左側の隅の4本の柱なのです。

こちらが復元図
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奇妙なことに、この柱は周りを個人の建物に囲まれていて、天井まで付いています。

以前はここに入るのは、特別ガイドが付いてきて、入り口の鍵を開けてくれるときだけでした。今は自由に入って見ることができます。

初めて見たとき、息が止まりそうなくらい感動しました。
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こんな町の中心の建物の中に、2000年前の神殿の柱が、今もなお美しい姿を保っていることが信じられませんでした。


こちらは夜見たとき
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柱は、立っているところより少し高いところにあります。
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つまりこれは神殿の基盤部分で
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下の、これを見ながら立っているところが、古代ローマ時代の本当の地面の位置なのです。

でも、この状態でずっとあったわけではありません。この柱は、信じられないことですが、家の中にあったのです。

そのときの絵が、今でも残されています。これは1837年の状態を描いたもの。
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1879年にはこんな風に
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柱頭の部分は建物の3階部分の部屋にすっぽり入っていたのです。素晴らしい部屋だったことでしょうね。

20世紀の初め、この建物の持ち主 Ramon Montaner は、この建物の改装を、甥のLluis Domenech i Montanerに依頼し、この柱は自分のCanet de Marにある、自分の家に移そうと計画しました。でも、歴史的な重要性を説いていさめたのは Josep Puig i Cadafalchでした。


でも、当時は柱が3本しかありませんでした。
 
もう一本は、王の広場にあったのです。 これは、1943年の写真。
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王の広場にあった柱は、1954年になってやっと元の位置に戻されました。
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そんな経歴があって、今私たちはこの美しい柱をここに見ることができるのです。

神殿のそのほかの部分はどこに行ってしまったのでしょう?
それは、その後の西ゴート族、キリスト教徒たちがここにやってきて建物を作るとき、神殿やほかの石を、建築資材として使って、新しい建物を作ったのです。

この4本の柱がそのまま残ったのは、奇跡かもしれません。

モノクロの写真は、この柱のある壁に貼ってあったパネルを上から写真に撮ったものです。

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by gyuopera | 2007-08-25 05:43 | 古代ローマ遺跡 romanos | Comments(6)

私と一緒にバルセロナを散歩しましょう Vamos a pasear conmigo en Barcelona!


by gyuopera