2007年 08月 19日 ( 3 )

Refugio 307 (防空壕)


バルセロナはスペイン内戦(1936-1939)で、最後まで革命軍に抵抗していた町ですが、そのときの爆撃に備えて作られた防空壕を見に行きました。モンジュイックの山裾のPoble sec地区にある、「refugio 307」です。

フランコ軍によって,バルセロナに初めに落とされた爆弾は、1938年3月16日22時08分。
爆撃を初めて見た市民たちは、ものめずらしげに見物していたそうですが、やがて無差別の爆撃が激しくなり建物が次々崩壊するに至って、急いで防空壕が掘られ始めました。
多くの市民は、子供たちを列車に乗せてフランスに疎開させましたが、ここにとどまっていた市民たちは、みんな空襲サイレンとともに、防空壕に避難していたのです。

バルセロナ市内では全部で1384個の防空壕があったそうで、この防空壕はその307番。
この地域は工場も多く、人口密度が高かったので、爆撃による大量殺人が可能な地区として、かなり爆撃がひどかったのです。

当時、地下鉄は1号線と3号線の一部しかありませんでした。地下鉄の走っていた空間は、当然防空壕としても使われましたが、新しく掘られた防空壕あとが、後に地下鉄に利用されたところが沢山あります。

このrefugio 307は、1995年に防空壕入り口付近に建っていたガラス工場が取り壊された際、再び日の目を浴び、戦争が二度と起こらないようにと祈りをこめて、修復されたものです。ここが見学できるようになったのは今年になってからのことで、今、バルセロナ市内で見学できる防空壕はおそらくここだけ。

Poble Sec地区は、工場が立ち並び、労働者の多く住む地区だったので、今でもその雰囲気が感じられます。
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そしてここが防空壕の入り口
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入ると、ギャラリーがあって、内戦当時のバルセロナの写真のパネルが貼ってあります。
防空壕の内部に入るときは、全員ヘルメットを着用します。
サイレンが鳴り、みんないそいそと内部に踏み込みました。

内部はひんやりとして寒い。
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入り口部分は狭く、壁は灰色です。ここはガラス工場で使われていたのだそうです。
その先に進むと、天井や壁は、閉塞感を和らげるため白く塗られています。
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ここの防空壕は、長さ400メートル、高さが2m、幅1.6m、2000人が収容できました。
爆撃の音、子供が泣く声などが聞こえてきて、本当に避難体験しているようでした。
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動物は入れない規則でした。動物はこういう狭いところに入ると、ナーバスになってしまうからです。それで犬を飼っていた人は、犬のために家に残っていたそうです。
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沢山の横穴があります。壁にうがった小さな穴は、持ち物を置いておくための棚
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みんな熱心にガイドさんの説明を聞いています。
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照明は新しく設置されたものですが、もともと電気の照明が取り付けられていました。
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防空壕内では、沢山の人が入れるために横になってはいけない規則でした。病人は、特別の「病室」に入れられました。ガイドさんが建っているところがそうです。床に穴が開いて、空気が入るようになっています。ここに3つベッドが入っていたそうです。
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トンネルはまだ続きます。時々横道があります。かなり広い。
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やがて壁が岩になっているところに来ました。モンジュイックの岩盤です。この石で、カテドラルやサンタ・マリア・デル・マール教会、ピノ教会が建てられたのです。
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急に狭くなっている部分に来ました。まだ掘りかけだったのです。
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壁は、掘ったあとが生々しい
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戦争中も、学校はやっていました。子供たちは学校から帰ると、防空壕で掘った土を運び出す手伝いをしました。
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出口付近に、暖炉のようなものがありました。火を使ってはいけない防空壕内にどうして?
これは戦後、アンダルシアから来た家族がここを家として使ったとき作ったのだそうです。彼らはここで、シャンピニオンの栽培を始め、それは大成功し、とうとうシャンピニオン王となったのだそうです・・・

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もうすぐ出口です。
ここは、当時は3つの出入り口と、トンネルもさらにいくつもありましたが、バルセロナがフランコ軍に占領されたとき、反革命軍の首謀者を探すためすべての防空壕を調べて、かなりの部分を埋め立てたそうです。

外は雨でした。
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市民は内戦の忌まわしい思い出を忘れようとしましたが、こうして歴史の一幕として残しておくのはごく最近になってからのことです。戦争を知らない人たちが、戦争の恐ろしさを知るためにはぜひ残していってほしいものです。
今は本当に美しい町になったバルセロナですが、無差別爆撃で多くの建物が破壊され、沢山の方が亡くなられました。市民は町の復興に全力を挙げ、ここまでに至っています。
カタルニァ歴史博物館に行くと、詳しい展示物が見られます。

Refugi 307 c/Nou de la Rambla 169
見学日: 毎週土・日 11時~14時
          予約:  93 256 2122
入場料 3ユーロ
          HP

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by gyuopera | 2007-08-19 03:58 | バルセロナ案内 Barcelona | Comments(12)

ペドラルベス修道院の台所にお連れしましょう。
ここは1991年にミュージアムになるまで使われていたそうです。一部分は新しいもの(ガス台とか、湯沸かし器など)を入れていますが、14世紀のオリジナルの姿をとどめています。
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台所の手前の非常に広い部屋はDe Profundisと呼ばれます。ここで食事をしたらしい。
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そこには今日の見学者のためにちょっとしたものが用意されていました。
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3種類のキッシュ。なかなかおいしい。
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ワインを注いでもらいながら、あたりをゆっくり眺めました。この食堂は19世紀のものだそうで、装飾がありません。

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隅に面白い燭台がありました
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台所・食堂への入り口
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終わったのは夜の11時。
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静まり返った町を家まで歩きました。
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途中の景色も夜見るとまた一味違い、夜の空気も心地よくて、1キロほどの道のりも苦になりませんでした。
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by gyuopera | 2007-08-19 02:05 | ミュージアム museos | Comments(4)

夜の帳が下りて、足元も見えないくらいになってきました。
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この修道院の回廊沿いにあるサン・ミゲル礼拝室は、四方に描かれた壁画が今でも極彩色のまま見ることができます。1343年にFerrer Bassaによって描かれたものですが、ジオットの影響が見られます。
この部分は撮影禁止なので、修道院のHPから写真を拝借しています。
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すぐ左となりにあるのは、Reina Elisendaのお墓。
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なんだか牢屋みたいな格子があります。このお棺の上の姿は尼僧の衣装をつけていますが、

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壁の向こう側は礼拝堂本堂にあり、女王の衣装を着けています。この写真も修道院のHPからお借りしたものです。
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その左手に並ぶのは、Reina Elisendaの姉妹の墓。まだうっすらと壁画の色が見えます。
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松ぼっくりの紋章
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入り口のすぐ左手には
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美しい壁画とステンドグラスのあるSala Capitular。
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その横のAbadiaと呼ばれる部屋の壁画も綺麗に残っています。
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回廊に沿って、沢山の小さなCeldaと呼ばれる小部屋があります。

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ボビンレースの道具が置いてある部屋も。この紋章入りのお皿は15世紀のもの
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昔病室だった部分は今では展示室になっています。こちらの廊下の左に入り口があります。
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入り口にある大きなクローゼット。15世紀のものです。
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展示室にあるものは沢山ではありませんが、手書きの美しい本や
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くるみ財の美しいチェスト(17世紀)
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華奢なガラス器などがあります。
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回廊の一隅に、Botiquinという部屋があり(最近作られたもの)、そこではハーブ(薬草)が展示されています。部屋の中がいい香りで満たされています。

二階は、以前はティッセンのコレクションが展示されていましたが、今は修道院の保管する貴重な絵や彫刻、家具などが展示されています。

階段をあがった後ろに、とても美しい螺旋階段が見えます。
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外はもう真っ暗
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つづく

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by gyuopera | 2007-08-19 00:39 | ミュージアム museos | Comments(2)

私と一緒にバルセロナを散歩しましょう Vamos a pasear conmigo en Barcelona!


by gyuopera