オペラ「ランメルモールのルチア」

今、バルセロナのリセウ劇場で、ドニゼッティのオペラ「ランメルモールのルチア」を上演しています。
新聞に評が出ていて、舞台写真が載っていました。それは見覚えのある舞台・・・

「ランメルモールのルチア」、もしくは単に「ルチア」と呼ばれる、ドニゼッティの有名なベルカントオペラは、1819年にワルター・スコットの書いた「ランメルモールの花嫁」という本を元に、1835年、ナポリのサン・カルロ劇場で初演されました。

ルチアとエドガルドは愛し合っていながら、反目する両家の犠牲となり、政略結婚させられたルチアは結婚式の夜、新郎を殺し、自分も気が狂って死んでしまい、それを知ったエドガルドも自らの命を絶つ、という凄惨なストーリーのオペラです。

リセウで上演されているステージ写真をちょっと拝借して載せてみます。
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今回の演出は、1989年にチューリッヒで初演されたロバート・カールセンの手によるもので、そのときの配役はルチアがエディータ・グルベローヴァ、エドガルドがフランシスコ・アライサでした。
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自由の無いかごの中の鳥のようなルチアにとって、エドガルドは希望の光だった、そんな思いがとてもよく表現されていました。
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大変好評だったので、何度か再上演されましたが、私が見たのは1999年。
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このときは、ルチアを歌ったのはエレーナ・モジュク。エドガルドは再びアライサ。ところが、とても大変だったのです。
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アライサはオペラハウスに着くなり、厳しい顔をしていいました。
「体調が悪い!」
楽屋に行くと、アライサは目をつぶって、じっとイスに座っていました。いつもは自信に満ちているのに、その日はほとんどあきらめかけているように見えました。奥様や親しい友人、お兄さんまで、心配そうに彼を見守っています。
私は本当に、おずおずと、マッサージと治療が少しは役に立つかもしれない、と申し出ました。
アライサはそのとき、「今日はだめだ」と思っていたようでしたが、

「やってみてくれ」と言ったのです。

オペラが始まるまで、必死で治療をしました。 重苦しい空気が楽屋を満たしていました。
"toi toi toi !!"
と励ましの挨拶をすると、みんなぞろぞろ楽屋を出て席に着きました。
前半、私は緊張のしっぱなしで胸が痛くなるくらいでした。いつ失敗するか、気が気ではなかったのです。でも思ったよりずっと良く歌っているではありませんか。

休憩時間になって、私は楽屋の入り口の外に座っていました。
エディットという、アライサの親友に、
「もしもっと私が必要だったら呼んで下さい」と言って待っていると、彼女はそっと楽屋から戻り、私を連れてゆきました。

楽屋ではアライサの奥様のエテリーが、
「そんなに悪くなかったわよ」
と言いながら部屋を出てゆきました。
二人きりになると、アライサは
「ほら、こののどに引っかかるようなFlama,これが取れないんだよ」
と硬い顔をして言いました。
 
私は彼の靴と靴下を脱がせ、マッサージをし始めました。恐ろしく痛がって、かなり緊張しているのがわかりました。
終わって、部屋を出るとき、もう一度、
"toi toi toi"
と言って席に着きました。
そして終わるまで、ずーっと緊張のしっぱなしで、冷や汗がたらたらと流れました。
でも彼は、とうとう最後まで一度もミスせず、歌いきったのです。

カーテンコールでは、まだ硬い表情でした。
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実力を発揮し切れなかったのですから無念だったのでしょう。私はその前年、オランジュで彼のエドガルドを聞いて、とても感動していたのです。
タイトルロールを歌ったモジュクは、本当にすばらしかったのです。当時、彼女はまだグルベローヴァの代役、もしくはダブルキャストとして歌うことが多かったのですが、その後実力が認められ、すばらしいソプラノに成長します。

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オペラが終わって、関係者出入り口で待っていると、アライサと友人たちが降りてきました。
真っ先に、エディットが飛んできて、私の手をとると、
「良くやってくれました!!」
と泣かんばかり。
アライサも、すっかり機嫌を直して、私に足を上げて見せると、
「おいエツコ! なんと言うバカ力だ! まだ足が痛いぞ!!」
とふざけて見せました。
その夜、ホテルに帰って、うれしくて涙が止まらなかったのです。

その後、彼が歌うたび、前日もしくは直前に楽屋で彼にマッサージをすることになったのです。
今はStutgartの大学教授として忙しく、ほとんどステージに立たなくなってしまったのですが、
あの時のLucia以来4年間、何度となく彼にマッサージをしました。

今はもう思い出になってしまったお話です。リセウのルチアは、このときのことをまざまざと思い出しました。 

チューリッヒでグルベローヴァと歌ったルチアが、youtubeで見られてとてもうれしく思います。
ただし、録音状態はあまりいいとは言いかねますが。





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Commented by やまも at 2006-11-15 06:38 x
なんだか凄い話ですね!この時gyuさんが居なかったら、ステージは出来なかったと言うことで・・・。なんだか私まで誇らしいです。
私はまだ書類の関係上働けませんし、実際にバルセロナで何が出来るのか、何をしたいのか分からない状態ですが、gyuさんみたいに仕事も趣味も私生活も堪能できるようになりたいです。
Commented by gyuopera at 2006-11-15 07:52
やまもさん、オペラを見に行って、このときほどぐったり疲れたことはありませんでしたよ。あの時、彼の緊張を少しほぐせたのが良かったのではないかと思っています。オペラで、ひいきの歌手がステージで失敗した時ほどつらいことは無いですからね! 
私も働くなんて思っていなかったのですが、自分で出来ること、自分にあった仕事を見つけ、始めて本当に良かったと思っています。
Commented by raindropsonroses at 2006-11-15 11:32
gyuさんへ。
おはようございます。次回はリセウで何か観たいなぁ……素晴しい劇場ですものね。所で、素敵なエピソードですね。思わぬ所で助けてあげて、gyuさんにとっても非常に印象深い作品になったのでしょう。セットは当時のものを再現したんですね?斜めの矩形が主人公の不安な気持ちや孤独を良く現していますね。そうそう、友人にグルヴェローヴァ狂いがいます(笑)何でも彼の女神だそうです……。

ブノワ。
Commented by gyu at 2006-11-15 15:43 x
ブノワさん、リセウのチケットは、毎年発売日に良い席はほとんど売切れてしまいます。オペラの当日、2時ころから劇場の前で待っていると、買った切符を売りに来る人がいるので、それを買うのが唯一のチャンス。大変ですよ。
このルチアのセット、つまりプロダクション全部をバルセロナに持ってきたんですね。チューリッヒオペラハウスは、小さいながらすばらしい演出の物がたくさんあります。
グルベローヴァとアライサは本当に何度も競演しているんですよ。ウィーンのマノンで共演したとき、彼女よりアライサのほうが拍手喚声が大きかったので、彼女が腹を立てた、というのは有名なエピソードです。
Commented by hanarenge at 2006-11-15 18:40
gyuさん、とっても素敵なオペラ!それにもまして、すごく良いお話を伺えて、嬉しいです。
gyuさんの心からの治療と技術が彼の窮地を救ったのですね。
東洋の医学がオペラの舞台の影にあったと思うと、何だか嬉しいです。

オペラと言えば、日曜日に教育テレビで、日本人だけの出演で、蝶々夫人を放送してくれて、とても楽しんで見ました。
辛い決断をする場面では、私まで、泣けてきました。
生の舞台は、やっぱり、東京が一番多く、地方では中々・・・・テレビで楽しむのが精一杯・・・・舞台を御覧になれるgyuさんの環境がうらやましいです。


Commented by gyuopera at 2006-11-15 19:14
蓮華草さん、この演出、インパクトがあってとても素敵でした。でも何度も同じこの演出のを見たいとは思いません。壁のでこぼこが不安感をあおって、終わったあとも、それが付いて回るんです。それにテノールがリセウだとブロスで、高音はらくらく出るけれど、味の無い歌手なので、パス・・・してしまいました。
オペラは、演出と歌手、オーケストラどれもがよくないと、本当に楽しむまでには至りません。それがぴったり合ったとき、そのときの感動は本当に大きなものです。それは生のステージでしか味わえないと思いますね。
Commented by junjapon at 2006-11-16 03:17
素敵な話です!!手に職があると、い~ですね!私も勉強して手に仕事をもちたいです。  生の舞台は、素晴しいですね。gyuさん、素晴しい仕事されてたんですね!
Commented by gyu at 2006-11-16 06:21 x
junjaponさん、仕事をするなら、自分の好きなこと、意義のあること、自身の持てることをやりたいですね。人間、いつも勉強すること、努力することを忘れてはいけないと思います。勉強や努力は、いろんな可能性を広げ、自分を再発見できることもあるからです。
Commented by dognorah at 2006-11-16 09:45
久々のオペラネタをうれしく拝読しました。感動的な逸話をお持ちなんですね。そういう技術をお持ちであることを忘れていたのでびっくりしました。
リセウもいつか行きたいと思っていますが、やはり切符は発売日を逃すと難しいんですね。興味ある歌手のときにトライしてみます。
ところで今回のチョーフィはいかがでしたか?
Commented by gyu at 2006-11-16 15:39 x
dognoraさん、今回のリセウのルチアはパスしたんですよ。この演出はすばらしいと思いますが、何度も見たいとは思いませんし、テノールがブロスでしょう、高音は楽に出ても、今ひとつ味の無いテノールだし・・・ もちろんソプラノのためのオペラみたいなものですけどね。
アライサのおかげで、ずいぶんいろんな歌手や時には指揮者などとも食事をともにしたり、パーティに呼ばれたりしました。だけど、オペラ関係者同士って、いつもドイツ語! それで一生懸命ドイツ語習ったんですよ。
Commented by ひろこ at 2007-04-08 23:16 x
はじめまして!ひろこです。じつは先日アライサさんにファンメール出したのですが。励ましのメールを頂いて感激しています。私自信も27歳のバイオリニストなのですがいま精神の病(躁鬱病)で活動を休止せざるおえなくて・・・。アライサさんはとても強く励まして下さいました。感激です。どうか彼によろしくお伝え下さい。彼の音楽にはいつも励まされております。
Commented by gyu at 2007-04-11 05:50 x
♪ひろこさん、こんにちは。
アライサはとてもファンを大切にする人なんですね。2002年に来日したとき、サントリーホールでリサイタルをやりましたね。あの時は扁桃腺がはれて調子が悪かったのですが、さらにコンサートのあと、彼はもう声が枯れて、話すときすかすか空気が漏れていました。それでも最後までファンにサインをし、笑顔を振りまいていました。私はもういたたまれなくて、「もうしゃべっちゃだめです」といったくらいです。その後チューリッヒのウェルテルは、やっぱりキャンセルになりました。それにしても、そんなに日本のファンを大切にしてくれる、うれしいですね。
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by gyuopera | 2006-11-15 06:05 | オペラ、コンサート musica | Comments(12)

私と一緒にバルセロナを散歩しましょう Vamos a pasear conmigo en Barcelona!


by gyuopera