2006年 02月 06日
コルセローラの散歩 |
バルセロナの北に広がるコルセローラは、8000ヘクタールにわたる緑地帯で、1987年より国立公園になっています。 無数の遊歩道があり、一度山歩きをして見たいと思っていたのですが、今日やっとそれが実現。バルビドレラの友人宅の近くから歩き始めました。
近くに泉があるということなので、まずそちらに行く道をとりますと、
大きな木が道に何本も倒れていて通れません。別の道を行くと、こちらにも。
仕方なく木の下をくぐって行きました。
先週の大雪と大風で、たくさんの木が倒れたのです。歩くところ歩くところ、そこらじゅうに木が倒れていて、大変な被害だったことがわかります。
これは、去年のひどい水不足で木々がかなり乾燥していたこと、またこの地域は岩が多く、木が根を地下深くまで張ることが出来ないことが原因ですが、先週の雪や大風で、かなりの大木まで大変な数の木が倒れてしまったのです。
頭上高いところで引っかかって止っている木。危なっかしく宙で止っています。
どんどん谷を下りてゆくと、目当ての泉、Fuente de Budelleraにたどり着きました。
ここは、1918 にJ.N. Forestierという建築家及び造園家が設計したものです。
一番上の水が湧き出ているところは、おかしな顔が付いています。
この顔、見覚えがあります。クリスマス劇「Els Pastrets(羊飼いたち)」にでてくる悪魔のお面そっくり!
この水は天然のミネラルウォーターなので、飲み水としてもちろんOK.
湧き出た水は、さらに下の段に流れてゆきます。
そしてさらに下のほうに階段状に流れてゆきます。
泉を後にしてまた山の中を歩きます。日が差して暖かくなりました。
ここにも根こそぎ倒された木が。
「尼僧のカーブ」という、道が大きく曲がっているところに広場があります。そこに十字架が立っていました。フランコが宣戦布告をした1836年、ここで5人の尼僧が銃殺刑に処せられた場所です。
少し上のほうに上がってゆくと、石造りの建物、Villa Juanaがあります。カタルニァの有名な詩人、ヴェルダゲールの博物館になっています。ここのことはDrecomのブログに詳しく書きました。
その近くに立っている大きな木。樹齢400年の樫の木です。
この木の近くに、コルセローラの観光インフォメーションセンターがあるのですが、その建物を建てるために今の場所に植え換えられたのです。それも、ドイツの巨大なクレーンを持ってきて、かかった費用が3000ユーロ。1987年のことです。そして、そこに建てた建物の建設費が60000ユーロだったそうです。
さて、また気持ちの良い散歩を続けましょう。
コルセローラのテレビ塔が見えます。
ティビダボもみえます。
ゆったりと、3時間あまりの山歩き。スペインにいるというより、ドイツにいる様な気分。気持ちの良い日でした。
↓クリックしていただけると励みになります。
近くに泉があるということなので、まずそちらに行く道をとりますと、
大きな木が道に何本も倒れていて通れません。別の道を行くと、こちらにも。
仕方なく木の下をくぐって行きました。
先週の大雪と大風で、たくさんの木が倒れたのです。歩くところ歩くところ、そこらじゅうに木が倒れていて、大変な被害だったことがわかります。
これは、去年のひどい水不足で木々がかなり乾燥していたこと、またこの地域は岩が多く、木が根を地下深くまで張ることが出来ないことが原因ですが、先週の雪や大風で、かなりの大木まで大変な数の木が倒れてしまったのです。
頭上高いところで引っかかって止っている木。危なっかしく宙で止っています。
どんどん谷を下りてゆくと、目当ての泉、Fuente de Budelleraにたどり着きました。
ここは、1918 にJ.N. Forestierという建築家及び造園家が設計したものです。
一番上の水が湧き出ているところは、おかしな顔が付いています。
この顔、見覚えがあります。クリスマス劇「Els Pastrets(羊飼いたち)」にでてくる悪魔のお面そっくり!
この水は天然のミネラルウォーターなので、飲み水としてもちろんOK.
湧き出た水は、さらに下の段に流れてゆきます。
そしてさらに下のほうに階段状に流れてゆきます。
泉を後にしてまた山の中を歩きます。日が差して暖かくなりました。
ここにも根こそぎ倒された木が。
「尼僧のカーブ」という、道が大きく曲がっているところに広場があります。そこに十字架が立っていました。フランコが宣戦布告をした1836年、ここで5人の尼僧が銃殺刑に処せられた場所です。
少し上のほうに上がってゆくと、石造りの建物、Villa Juanaがあります。カタルニァの有名な詩人、ヴェルダゲールの博物館になっています。ここのことはDrecomのブログに詳しく書きました。
その近くに立っている大きな木。樹齢400年の樫の木です。
この木の近くに、コルセローラの観光インフォメーションセンターがあるのですが、その建物を建てるために今の場所に植え換えられたのです。それも、ドイツの巨大なクレーンを持ってきて、かかった費用が3000ユーロ。1987年のことです。そして、そこに建てた建物の建設費が60000ユーロだったそうです。
さて、また気持ちの良い散歩を続けましょう。
コルセローラのテレビ塔が見えます。
ティビダボもみえます。
ゆったりと、3時間あまりの山歩き。スペインにいるというより、ドイツにいる様な気分。気持ちの良い日でした。
↓クリックしていただけると励みになります。
by gyuopera
| 2006-02-06 01:53
| バルセロナ案内 Barcelona
|
Comments(2)
Commented
by
raindropsonroses at 2006-02-06 07:38
gyuさんへ。
おはようございます。常緑樹の森って随分と雰囲気が違いますね。J.N. Forestierって、J.C.N. Forestierの事でしょうか?彼はパリのバガテル庭園の薔薇園を設計した人なんですけど……それから、薔薇に「Celine Forestier」と言う名前の薔薇があるんですが、思わず図鑑で関係を調べてしまいました。こちらは1858年の作出なので関係なさそうですね……。尼さん、記念碑なんて要らないから生きていたかったでしょうに。そこここに歴史が顔を出してチョッと現実に引き戻されちゃいますね。
ブノワ。
おはようございます。常緑樹の森って随分と雰囲気が違いますね。J.N. Forestierって、J.C.N. Forestierの事でしょうか?彼はパリのバガテル庭園の薔薇園を設計した人なんですけど……それから、薔薇に「Celine Forestier」と言う名前の薔薇があるんですが、思わず図鑑で関係を調べてしまいました。こちらは1858年の作出なので関係なさそうですね……。尼さん、記念碑なんて要らないから生きていたかったでしょうに。そこここに歴史が顔を出してチョッと現実に引き戻されちゃいますね。
ブノワ。
0
Commented
by
gyuopera at 2006-02-06 08:23
ブノワさん、いつもお早いですね!私はまだ起きています(笑)。
バガテル庭園のバラ園を設計したForestierさん、スペインでもずいぶん活躍していますから、きっと同じ人物だと思います。パリのあちこちの森やの設計、バルセロナのモンジュイックの庭園、マドリッドのプラドの並木道も彼の設計だそうです。
スペイン市民戦争は、スペイン人に深く傷を残した戦争でした。同じ国民が戦ったのですものね。
バガテル庭園のバラ園を設計したForestierさん、スペインでもずいぶん活躍していますから、きっと同じ人物だと思います。パリのあちこちの森やの設計、バルセロナのモンジュイックの庭園、マドリッドのプラドの並木道も彼の設計だそうです。
スペイン市民戦争は、スペイン人に深く傷を残した戦争でした。同じ国民が戦ったのですものね。