グラシア地区の防空壕見学 Refugio 232 en Gracia

1936年,スペインの内戦(1936-1939)の火ぶたが切って落とされましたが、バルセロナに激しく落とされた爆弾を避けるため、にわかにたくさんの防空壕が掘られました。その数は11384個。

戦後、防空壕は閉鎖され、忘れられていましたが、Pobre Secにあった防空壕307号が発見され公開になったあと、さらに2つの防空壕が発見・修復を経て公開されています。

一つはグラシア地区のDiamant広場にある防空壕232号。
ここを見学するためには、係員に予約をして、人数が集まるまで何週間も待たなければなりません。

このニュースを知ってからすぐ予約し、とうとう先週日曜日、見学することができました。

Diamant広場にはずいぶん早く着いてしまったので、広場のベンチで日向ぼっこ

あそこが入り口
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で、あっちが出口
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集まった人たちはかなりの人数。30人近くいたかしら。
刺すが、年配の方が多い。ガイドさんが2人。
人数が多かったので、2組に分かれて前後して入ることになりました。

これが内部の見取り図。ちょっと迷路のようです。
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奥の端は、南側にあるレパブリック広場につながっていた

この入口は当然新しいもの。電話工事をしていて、この防空壕が見つかったそうです。
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はいると、壁も天井も湿気でじっとり。

トンネルをずんずん下に降りてゆきます。
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天井も壁も煉瓦
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11、2mほど地下に降りると平らになります。
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Pobre Secの防空壕よりかなり幅が狭い
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天井に碍子
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このようにケーブルを通してあったのです
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でも、爆撃中は中央の電源を切ったので、結局ろうそくをともすことのほうが多かったとか。
ろうそくを置くところもあちこちにありました。
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彫りかけのトンネル
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岩を削った跡
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あちこちに上る階段が
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本当に迷路のよう
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換気の穴は今ふさいであるので、空気が淀んでいる
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天井のカーブは、カタランアーチと呼ばれるもの
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ここは病室だったところ
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防空壕の中に入ったら、

  1.飲食禁止
  2.大声禁止
  3.たばこ禁止
  4.宗教・政治の話は禁止

という規則があり、住民は毎週2ペセタずつ払っていたそう。

ここも掘りかけのトンネル
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別の階段
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また、狭くカーブした階段を上って

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外へ・・・
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防空壕に入る順序は、老人・病人・子供優先ということでしたから、サイレンが鳴って2分以内に入らなければ間に合わない状況下では、大変な混雑だったよう。
で、実際は、この近くには地下鉄のFondo駅が近かったので、内部が広いそちらに行く人が多く、こちらの防空壕は思ったほど利用されなかったとか。

いまわしい戦争の思い出は、誰しも忘れたいと思ってきたのですが、やはりその恐ろしい体験はきちんと伝えてゆくべきですね。

1938年の爆撃のときのYOUTUBEがありました。




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Commented by yuu.k at 2010-02-10 07:20 x
GYUさん こんばんは
華麗な街、バロセロナにも防空壕があったのですか。それもちゃんと保存されて、歴史を大事にする国ならですね。
私も広島での被爆体験を絵にして残したいと取りくんでいます。1才の体験で母がいなかったら生き残れなかったこともありその感謝も含めて。。
Commented by おぴ at 2010-02-10 07:28 x
りっぱな防空壕。。いつの世も戦争は悲しいです。

地下トンネルといえば、テキサスとメキシコの国境の下に
コカイン密輸と不法密入国のための立派なトンネルが最近発見されました。ふふ
トンネルとは言え、まるで、バルセロナの防空壕のように立派なの。
電気も電話もゴンドラもついてるの。。
こちらでは、地下は地下でも”ロマンチシズムもペーソスも”まるで無し。あはは
Commented by gyuopera at 2010-02-10 15:46
♪ yuuさん、おはようございます。
yuuさんは広島で被爆をなさっていたのですか・・・。
今は体験者の数も僅かになり、これは本当にその記憶・記録をちゃんと残して伝えていかなければなりませんね。
戦争ではいつも弱いものが犠牲になります。狭い地球なのに、どうしていつになっても戦争が終わらないのでしょうね。人間は破壊・破滅の遺伝子が組み込まれているんでしょうか。
Commented by gyuopera at 2010-02-10 15:50
♪ おびさん、おはようございます。
そのテキサスとメキシコの国境の下のトンネルって、いつ頃作られたものでしょうか。最近まで利用されていたのかな。
スペインにも、モロッコ辺りから小さなボートに乗って命がけで脱出してくる人たちがたくさんいます。多くは並みの藻屑と消え去り、多くは海上警察につかまって保留されています。胸が痛くなります。
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by gyuopera | 2010-02-09 06:08 | バルセロナ案内 Barcelona | Comments(4)

私と一緒にバルセロナを散歩しましょう Vamos a pasear conmigo en Barcelona!


by gyuopera