ゴシック街で
グラシアの防空壕を見た後は、地下鉄でゴシック街へ。
ピ広場でやっている、昔ながらの製法で作られる食品の市で、はちみつと、プロポリスのシャンプ-やクリ-ムなどを購入。

それから、のどが渇いたので、カフェ Caelumへ。



ここの売り物、尼僧院で作られたお菓子と、カフェ・コン・レチェ


何かお菓子を買おうかと思ったけれど、やっぱりやめとこう


カフェを出て、フェラン通りに行くと


サン・ジャウマ教会の前がいやに人だかり。 

結婚式かな?それにしちゃ、みんな普通の服。

あれ、何だか旗を掲げている。セビジャーナの服を着た人もいる。


と思ったらすぐ目の前をよく見なれた顔が通りました。 あ、市長さんだ!

教会の外で、インタビューを受けてました。



それからゴシック街のそぞろ歩き

市庁舎


Centelles宮(15‐16世紀)








Palau Gaubertとか


ローマ市壁の南側の門とか


Patio de Llimonaからローマの壁を見たり




こっちもローマの市壁と塔

その上にももう廃墟になった住居跡


遺跡がそのままアパートになっちゃってる建物とか


それから・・・


14世紀の泉水とか



その前にあるSan Just i Pastor教会とか


ゴシック街はいつ歩いても楽しい。

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# by gyuopera | 2010-02-10 06:11 | バルセロナ案内 Barcelona | Comments(1)
グラシア地区の防空壕見学 Refugio 232 en Gracia
1936年,スペインの内戦(1936-1939)の火ぶたが切って落とされましたが、バルセロナに激しく落とされた爆弾を避けるため、にわかにたくさんの防空壕が掘られました。その数は11384個。

戦後、防空壕は閉鎖され、忘れられていましたが、Pobre Secにあった防空壕307号が発見され公開になったあと、さらに2つの防空壕が発見・修復を経て公開されています。

一つはグラシア地区のDiamant広場にある防空壕232号。
ここを見学するためには、係員に予約をして、人数が集まるまで何週間も待たなければなりません。

このニュースを知ってからすぐ予約し、とうとう先週日曜日、見学することができました。

Diamant広場にはずいぶん早く着いてしまったので、広場のベンチで日向ぼっこ

あそこが入り口

で、あっちが出口


集まった人たちはかなりの人数。30人近くいたかしら。
刺すが、年配の方が多い。ガイドさんが2人。
人数が多かったので、2組に分かれて前後して入ることになりました。

これが内部の見取り図。ちょっと迷路のようです。

奥の端は、南側にあるレパブリック広場につながっていた

この入口は当然新しいもの。電話工事をしていて、この防空壕が見つかったそうです。


はいると、壁も天井も湿気でじっとり。

トンネルをずんずん下に降りてゆきます。






天井も壁も煉瓦


11、2mほど地下に降りると平らになります。




Pobre Secの防空壕よりかなり幅が狭い


天井に碍子

このようにケーブルを通してあったのです

でも、爆撃中は中央の電源を切ったので、結局ろうそくをともすことのほうが多かったとか。
ろうそくを置くところもあちこちにありました。


彫りかけのトンネル

岩を削った跡


あちこちに上る階段が






本当に迷路のよう


換気の穴は今ふさいであるので、空気が淀んでいる




天井のカーブは、カタランアーチと呼ばれるもの


ここは病室だったところ


防空壕の中に入ったら、

  1.飲食禁止
  2.大声禁止
  3.たばこ禁止
  4.宗教・政治の話は禁止

という規則があり、住民は毎週2ペセタずつ払っていたそう。

ここも掘りかけのトンネル


別の階段


また、狭くカーブした階段を上って



外へ・・・


防空壕に入る順序は、老人・病人・子供優先ということでしたから、サイレンが鳴って2分以内に入らなければ間に合わない状況下では、大変な混雑だったよう。
で、実際は、この近くには地下鉄のFondo駅が近かったので、内部が広いそちらに行く人が多く、こちらの防空壕は思ったほど利用されなかったとか。

いまわしい戦争の思い出は、誰しも忘れたいと思ってきたのですが、やはりその恐ろしい体験はきちんと伝えてゆくべきですね。

1938年の爆撃のときのYOUTUBEがありました。




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# by gyuopera | 2010-02-09 06:08 | バルセロナ案内 Barcelona | Comments(4)
Joan Maragallミュージアム2  Arxiu Joan Maragall
さて、また玄関ホールに戻ると、今度はこちらの部屋に


こちらはsalon nobleと呼ばれている来客用の部屋。









当時の有名な写真家が撮影したJoan Maragall婦人




その奥の部屋は書斎と呼ばれているけれど、マラガイ氏は実際には二階に書斎を持っていて、ここは後輩の指導をしたり、仲間と談話するときに使った部屋


広くはないけれど、温かみのある部屋


暖炉の上の頭像はクララのもの。


スニエールの絵も


ルシニョールの絵。エリック・サティ像。


玄関ホールからもう一つのベッドルームに入る


シルクのマントン・デ・マニラ(豪華な刺繍を施した大変大きなショール)で作ったベッドカバー


ゆりかごがありました。


「Pereもここで?」

彼は笑って、

「いや、僕の親父はこれに入れられてたけどね」



家族の歴史を垣間見られるのは楽しかったです。

Arxiu Joan Maragall Carrer d'Alfons XII, 79 (Plaza Molinaのすぐ近く)

tel. 93 241 3004

horarios: 月ー金 10.00-14.00, 水16.00-20.00

時々閉まっているようなので、電話で確認したほうがいいようです。

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# by gyuopera | 2010-02-09 06:07 | ミュージアム museos | Comments(2)
Joan Maragallミュージアム  Arxiu Joan Maragall
Joan Maragall(Barcelona, 1860-1911)は、カタルーニャのモデルニスモを代表する詩人で、ジャーナリスト・翻訳家出もあった人で、ここでは大変親しまれている人です。

彼の家は繊維産業で財を成した上流階級の家庭に生まれ、家業を継ぐのを嫌い、文学のほうで詩のコンクール Jocs Floralsで3つの賞を獲得し、詩人として有名になりました。

Joan Maragallは13人の子供がいましたが、孫に当たる一人が、バルセロナオリンピックのときの市長、のちにカタルーニャ政府大統領となったPascual Maragall、そのお兄さんが画家のJordi。

PascualやJordiたちが住んでいる建物の、中庭を挟んだ向かいにある、Joan Maragallと彼の家族が住んだ家は、1899年に建てられたもので、現在カタルーニャ図書館が買い取り、Joan Maragall図書室兼ミュージアムとして一般公開されています。

ここは前から行こうと思ってなかなか行けず、とうとう思い立ってある日の夕方行ったのですが、呼び鈴を押したら、中から出てきたのはPere, Joan Maragallのお孫さんになり、Pasucual や Jordiの弟で、一緒にフルートを吹いた友人だったのでびっくり。

彼はカタラン語の先生ですが、毎週火曜日はここにきているのだそうです。
今日は本当は閉まっていたらしいのですが、特別に入れてもらいました。なんてラッキー。

玄関を入ると


広い玄関ホールがあり、立派な家具が置いてあります。


この立派な家具は、Joan Maragall夫人となったClara Nobleが結婚の際持ってきたものだそうで、シーツやテーブルクロスなどのリネン類を入れておいたコモードのようなもの。

上に飾ってあった写真

壁に飾ってあるのはラモン・カサスの絵

Joanの兄弟の一人が描いた絵をステンドグラスにしたもので、中庭からの眺めだそう。

そのほか、たくさんの写真が


広い玄関ホールの向こうには


家族のためのリビング・ダイニングルーム。
今でもマラガイ一家が集まって、ここで大騒ぎするんだそうです。


重厚な家具が壁いっぱいに








ルシニョールの絵もあります


これは日本のものでしょうか。対になっています


その奥には、図書館があって、壁に、1899年のこの家の写真がありました。


続く

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# by gyuopera | 2010-02-07 23:25 | ミュージアム museos | Comments(6)
オーガニック(生)ゴミのリサイクル
バルセロナのゴミのコンテナが新顔になり、今まで生ごみは同じコンテナの右サイドに入れるようになっていたのが、独立した茶色のコンテナになりました。



そして、家庭でも生ごみを分別して入れられるバスケットを、市で無料配布しています。

初めてオーガニック(生)ごみを分別してオレンジの袋に入れて出すようにお知らせがあった時、やはり茶色いバスケットをもらったのですが、やすっぽくて捨ててしまいました。 
今年は、ゴミの分別やリサイクルをきちっとやろうと思っていたところなので、今度はどんなのかな、と興味があって区役所までもらいに行ってきました。

ちゃんと身分証明書を見せなくちゃいけなくて、4人家族(ほとんど2人だけれど)というと、大きなほうのバスケットを渡してくれました。


蓋に木の透かし模様なんか入っているけれど、ダサいことには変わりなく


ここに入れるものの詳しい説明があり、こんな後ろがマグネットになっていて冷蔵庫に張り付けられるカードもくれました


ここにいれるものは、一般の生ごみのほか、植物、コルク、ティーバッグ類、キッチンペーパーです。
紙ナプキンは入れないほうがいいっていうんですけど・・・。

この袋はジャガイモの澱粉からつくったというオーガニックバッグ


「どこのスーパーにでも売ってます」

オーガニックゴミを分別するようになって、初めて出た袋はオレンジでした。今でも売っているので、見つけたとき、大量に買ってあったのです。また、茶色のオーガニックの袋もあったので、それもかなりかいこんでいました。

私は文句を言いました。

「今スーパーに行ってきたとこだけれど、置いてなかったですよ。オレンジの袋のときも、ほとんど売ってなくて探すのに苦労しました」

「Les cortsの市場の中のスーパーにはあります。オレンジの袋はやっぱりプラスチックだから入れないほうがいいですね。できるだけこの白い袋に入れてください。」

それじゃどこにでもあるっていうわけじゃないじゃないですか。おまけに私は山ほどオレンジの袋を買っちゃってるし。そんなにしょっちゅう替えないでほしい。

さて、家に帰って、ゴミ入れを並べてみました。

生ごみ類と、プラスチック、たとえば、プラスチックの袋やヨーグルトの容器やら、ラップとか、スーパーで買う食料が入っているトレー類などをきっちり分別すると、驚くほど普通のゴミが少なくなります。
だから、ゴミ箱はそんなに大きくなくてもよくなりました。
その代わり、リサイクル用の容器は結構大きなものが必要。このほかに紙類とビン類もあるし。
だから、ゴミ箱だらけ・・・

オーガニック用のバスケットは、やっぱりすさまじくみっともないので、流しの下の棚の中に見えないように入れることにしました。

それにしても、お隣のスペイン人や下のフランス人を見ていても、全然分別していない。
私の住んでいるところは、管理人さんがゴミを集めてくれるので、それでみんな出してしまうのでしょうけれど、私は必ずリサイクルのゴミは自分でコンテナまで持って行って捨てます。そんなに遠いわけじゃなし。
どうしてもうちょっとそういう意識が育たないんでしょうか・・・。



それから・・・
# by gyuopera | 2010-02-06 20:06 | 身の回りのもの cosas mias | Comments(12)
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